とんかつ食べたい2

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リーズナブルなひとでありたい

同じ場所で仕事をしていると、色々な人のハブになるような役割をしている人がだんだんとわかってくる。話が通じやすくて、困っていることに対して適切なアドバイスだったり、人の紹介をしてくれる人がそれだ。

いわゆる「いいひと」なのだが、「いいひと」というと、「話が通じないけど(つまりあまり役に立たないけど)いいひと」も入ってきてしまうので、ちょっとニュアンスが違ってきてしまう。

だからか、ビジネスシーンでは、「気軽に相談事に乗ってくれて、かつ適切な回答をくれるひと」のことを、「リーズナブルなひと」と評することが多い。

例えば、「そういう話なら、〇〇さんが担当だよ。リーズナブルなひとだから、きいてみたらどうかな」といった具合だ。

 

英語でいう「reasonable」は「合理的な」「筋の通った」といった意味と、「手ごろな」といった意味がある。一般的に、人のことを「reasonable」という場合、前者の「合理的な」といった意味が英語ではメインなのだろう。

ただ、ビジネスでのカタカナ英語的にはおそらく前者の意味と、後者の意味が複合的に組み合わさって、前者の「合理的な回答をくれる」意味と、後者の「比較的気軽に相談しても快く受けてくれる」意味のいずれものニュアンスが入っているような気がする。

(もしかしたら、英語でもニュアンスとして、そういった複合的なニュアンスの言葉なのかもしれない)

 

ぼくは、会社でそこまでの緊張感をもって働きたいタイプではないので、リーズナブルなひとが好きだし、リーズナブルなひとに協力するのが好きだ。

反対に、仕事は出来るけど、決してリーズナブルでないひとは、いくら仕事が出来ても、あまり好きではない。周りがあまり幸せに働けないからだ。

(まあ、多少の厳しさは必要なので、上に立つ人は気安さ、という意味でのリーズナブルさをあえて外していく必要もあるのだが)

 

なので、ぼくも基本的には「リーズナブルなひと」であろうとしているし、実際、「リーズナブルなひと」として見られていると思う。

職階が上がってきたからか、近年では、厳しさが足りない、とよく言われるのだが、それでも、ぼくの働く楽しさというのは、人に快く合理的な手助けをしてあげて、救いになれる、というところにあるので、「リーズナブルなひと」であると見られたいし、ずっとそういうスタンスで働きたい。

 

とまあ、仕事はそういう風にリーズナブルでいられるのだけれど、家庭では中々、リーズナブルにいることができない。子どもに対して不必要に厳しく当たってしまうし、もう少し寛容に自分が動くことで、物事が解決につながるはずなのに、動けないことが多い。

仕事以外でも、リーズナブルなひとになりたい。こころがけていきたいですね。